下澤です。
今日は、今回のサミットに対するNGO運動を作ってきた裏方にいるNGOスタッフの方々と意見交換会をもった。今回の日本人NGOフォーラム側主催の企画のひとつだった。日本のNGO側からは12名、ドイツ側からは5名が参加して、ロストックの郊外のTri Hotelで行われた。参加したドイツのNGOの団体名は、「NGO Forum on Envirament and Development」「VERNO」「Friend of Earth」「EED」である。 まだG8サミットが続いている状況下でのミーティングだったので、会議の最中もひっきりなしにそれぞれの携帯電話がなっている状況で、5名が一緒に座っていた時間はないような状況だった。こうした忙しい状況下で時間を作っていただいたのは、非常に感謝である。
この意見交換会の狙いは
(1)ドイツNGOが、今回のG8サミットに対抗する運動をどのようにつくってきたか
(2)日本のG8サミットに対する期待
(3)日本のNGOへのアドバイス
をしっかり聞き出すことに意図があった。ドイツのNGOのリーダーが語ってくれたG8サミットにおけるNGO運動の楽屋裏の話は非常に示唆に富んだものだった。

意見交換会の様子
1999年のケルンサミットでは、ジュビリー2000に特化された活動が中心で、ドイツNGOが中心につくりあげたものではなかった。2007年は、ドイツNGO自身で多様な意見の場を作り出すように努めていった。それはある一定は実現されたが、今回は貧困・開発に関するイシューは思った以上に成果を出すことができず、気候変動のグループの躍進があった。それはもともとドイツでは環境NGOが強かったことと、メルケル首相が気候変動に関心が強く、重要な議題として考える下地があったからだ。
運営面では、事務所を構え雇用者をもつNGO40団体程度で「NGO Platform」を結成し、共同の提言基盤とロストックの街で「Alternative Summit」を開催する母体として始まった。しかし、サミットが近づくに従って、ロストックでイベントを調整するグループ、Alternative Summitを調整するグループに、様々なグループが入り混じるようになり、主義主張の違いからもNGO Platformだけ包括的に仕切れないようになっていった。またロストックで独自の受け入れをする動きも始まっていった。そういったグループの中には、G8開催そのものに異議を唱え、中止行動を目的とするグループももちろんあった。NGO Platformだけでは調整できないので、調整会議を複数のNGOと持つようになった。そこでは主義主張や統一的な行動を議論するのでなく、異なる意見のグループが、自分たちの活動を行うために、互いに調整する会議だった。こうして今ロストックで起こっている抗議行動の集合体が生まれた。そのため、統一ロゴやチャッチコピーはとうとう作れなかった。
またお金に関しては、ドイツ政府からは非常に限られた資金しか出なかったようだ。そのため自主的にドナーから集めたもの、そしてNGOが持ち出した資金で活動をつくっていった。

中央の人物が、今回のNGOの活動を調整した中心人物のユーゲン・マイヤー氏、6月末にはドイツサミットの報告を兼ねて来日する。
このような環境系のNGOと開発系のNGOの協働は初めてで、今後このネットワークをG8サミット以後どのように維持していくのか、それは未知数だというコメントが続いた。まだG8サミットそのものが終わっていない段階で、確かにそこまでコメントは難しいだろう。
私としては、こういった状況は日本でも十分考えられるもので、決して他人事ではない。多様なNGOの統一、資金獲得、貧困テーマの維持、また北海道の地元活動家との連携と調整は、今からでも大きな課題である。
明日はGCAPという、2005年のG8サミットにつくられた世界のNGOネットワーク関係者との懇談をする。日本のNGOに期待する声は大きく、この場でも具体的なコメントを聞けることを楽しみにしている。